女は希望をもつ生き物

「女神なんて男が造ったものよ。だって女は自分を神なんて思っていないでしょう」

とある女性研究医が言うのを私は聞き逃しませんでした。たしかに男からすれば、恋愛とは女を神格化するところから生まれます。恋に落ちた!と思うときには、相手は女神のように思えますから。その一挙手一投足が恋しく、アフロディーテかと見間違う。
 でも神格化が過ぎると相手との関係が上手に築けなくなり、失恋となり、さらにストーカーや支配というサイコな状態になるものです。すべては女神化してしまうことから始まります。
 相手をリスペクトするのは当然ですけど、相手の生き方や美しさ、好みや行動をリスペクトするのであって、その全存在をリスペクトする女神化は実に危険です。こう思うべし。
 女は女神ではなく、神がつくりたもうた「造形」に過ぎない。造形の技がもたらす美であり、すなわち光と影のもたらす幻惑であり、それも期限つきであり、わりと短期限のものだとー。とにかく、女は本能的に造形美を求めるものだと思います。かつて私の母がこう言っていました。

「女はね、どんなにブスでも自分でそう思っていないの」

 だから気をつけなさいと言うのですが、何を気をつけるべきかわかりませんでした。どこか人に負けない部分があると思うのか、痩せたら綺麗になれると思っているのか、そんなふうなことを母は言おうとしたのか。トランスジェンダーになろうとする今、その言葉を再解釈してこう思いました。
 女は希望をもつ生き物であると
 痩せたら綺麗になる、服を変えたら一変できる、髪型ひとつで別人格になれる、どんなことでも自分に希望を持ち続けられるのが女性ではないかと思うのです。だから男のために(だけ)綺麗になるというのは非常にナンセンスなのです。
 私はトランスジェンダーとして女という造形を知り、造形に近づくために考えられる全ての努力をしています。現実には加齢と抗い、男の骨格と抗いなのですが、顔も体も爪も女に近づき、美しくなろうとすることはものすごく幸せなのです。
 女になることは私にとって希望です。女性にとっても女であり続けることは希望なのではないでしょうか。
 希望を持つ女は美しい。造形美だけでなく、知的好奇心も持ち続け、自分に正直に生きる女性は美しい。希望こそが「女神効果」なのかもしれません。仕事かオンナかしか興味のない男は実に薄っぺらい生き物です。
 余談。今日は生まれて初めてスカートで買い物にでかけました。道ゆく人、みんなスルーしてくれるやさしい方ばかり。スカート=女という先入観で疑おうとしないのでしょう(笑)。造形美を求めて日々精進します。

先週、綺麗な富士山を見ました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました