線を引かない。

先日の某医師インタビューはその日に眠れなくなるほど心に刺さった言葉が多かったのですが、そのうちのひとつを紹介します。

その医師は学生時代、ある運動競技に打ち込んでいました。キャプテンで出た年の団体戦で敗退したが、個人戦では勝ち抜いて全国大会まで進んだ。そして初戦の相手は有名な強豪選手。ケダモノのように強い。劣勢を強いられたが善戦して引き分けにもちこめた。それで自信を持ってもいいのに、日本全国の強豪揃いの会場を見渡して圧倒され、こうつぶやいたそうです。「ここでの優勝はありえんな」その結果、彼は優勝はおろか、勝ち進むことができませんでした。その医師はそのときの心境をこう説明しました。

「線を引いちゃったんです」

線を引いたら負け。線を引くと、直面する壁を乗り越えられない、いつまでも成長できない。私にはその言葉がズサリと刺さりました。自分はこれまで線を何本引いてきたか。線をまたごうとせず後退りしてしまっただろうか。心のなかで赤面しました。

しかし過去は過去。過去は変えられない。でも、変えられないけれども、変えられなかったことを力にすることはできる。未来を変えることはできるはずなのです。だから前を向こう。そう思い直しました。そして自分の中の線を点検しました。

私はトランスジェンダー賛歌の物語やエッセイを書きたいのです。エッセイは書けるだろうけれど、物語=小説は荷が重いなと思っていました。なぜならクリエイティブが自分には足りないから。

つまり、線を引きかけていました。

最初から負けじゃないですか。やる前から負け側にいるじゃない。自分の背の高さの線を引くことはないのです。線を引くなら自分より高いところに引こう。そう思い改めました。なにしろ私は「最も困難な線」を乗り越えようとしていますから。

男から女への性差という線を乗り越えようとしている。

そのために効果がありそうなことは毎日、寸暇を惜しんでしています。おかげでヒゲは薄くなり、足もほっそりしてきました。顔の形も色あいも変わってきた。もっと男女の線をぼやかせていける。性別を変えるという、人の根本の線を変える挑戦をする私ですから、どんな線でも越えられるはずなのです。

爪の形は悪くて色も黒い男の手。でも半年後を見てください。

最後に余談。私の本名は「好文」ですけど、ずっと「文と女の子が好きだから」と名前の解説を人にしていました。それは違うと昨夜気づきました。実は「女子」になって、そのことを「文にする」というペンネームだったのだと。親はとっくに死んだので確認しようがありませんが。

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