『ドクターの肖像 和泉唯信』外伝

「思いを遂げんさい!」

連載を書かせて頂いている『ドクターの肖像』(ドクターズマガジン掲載)、2022年6月号の肖像は、ALSの治療に技をかけ、一本を取ろうとする男、和泉唯信氏。

約1万人の患者がいるALS(前萎縮性側索硬化症)は、運動を司る神経に異常が起き、脳から「筋肉を動かせ」という命令が伝わらなくなる病気である。発症後、早い人では半年で筋力が低下し、四肢を動かすことができなくなり、やがて呼吸困難に陥る。厚労省の指定難病は、その悲惨さは多くの人の知るところである。著名人では、いちごホールディングスの創業者がこの病にかかり、「凛として」亡くなっていったことがHPにも記されている。

徳島大学脳神経内科の教授、和泉唯信氏はその治療に半生をかける医師であり、発症後の病状進展を抑える薬や、延命効果のある治療法の研究のリーダーでもある。その原動力にあるのが柔道。高校時代からならした柔道を北海道大学入学後も続けた。

北大柔道部は旧帝国大学で争われる「七帝戦」に文字通り命をかけていた。ところが和泉氏が入部した頃の北大はずっと最下位で、敗退に次ぐ敗退でもがいていた。和泉氏も勝利に命をかけた。厳しい男に化していった。主将としてものすごい練習量を課したが、結局敗れた。思いは、柔道のために留年した和泉氏の卒後数年後、ついに優勝で遂げられた。何十年ぶりかの優勝で北大柔道部OBは歓喜感涙した。たかが七つの大学で争う大会、されど、である。

この物語は、作家増田俊也氏の『七帝柔道記』で読むことができる。増田氏は和泉氏の3年後輩で、北大柔道部の要として活躍していた。

さて、熱血の柔道記には2つ後日談がある。ひとつは、優勝した主将は「目標は和泉先輩です」と言ってはばからない好青年だった。ところが心の病にかかって、自殺をした。和泉先輩は立ち上がれないほど憔悴した。人間和泉氏を知るカギ、肖像ではこの話を突っ込みました。

もうひとつは、七帝柔道記に登場する沢田である。増田氏の同級生で、めっぽう柔道が強く、また鼻っ柱も強い男である。かれは柔道部を辞めて大学も辞め、音信不通になりました。そのため増田氏が本書を書くときは、かれだけを仮名にした。ところが本書が出版されると、沢田が現れた。本読んだよ、沢田ってのは俺のことか?と。そして、あえてここでは書きませんが、かれの職業を知るとびっくりでした…。この話は対談で『VTJ前夜の中井祐樹』の文庫版に収録。当時を語った和泉ー増田対談も収録されており必読である。

執筆を通じて私も色々なことを学びましたが、ひとつ挙げるとすれば、「思いは伝わる」。同じ苦しみを味わい、同じ目標を持ち、同じ涙を流す体験をした者たちの思いは、目には見えない、しかし決して切れない紐でつながれている。その紐を持つゆえに、患者や読者と、世の中とつながることができる。汗臭い男の青春も、存外悪いものではないと思いました。

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